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新潟地方裁判所 昭和49年(行ウ)1号 判決

原告

大橋醇吉

原告

村山審

右訴訟代理人

岩渕信一

高山道雄

被告

運輸大臣

右指定代理人

小沢義彦

外一〇名

主文

原告両名の請求をいずれも却下する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は定期航空運送業者に対し新潟空港において計器進入による離着陸をする最大の離着陸滑走路長一、九〇〇メートルをこえる航空機を機材とする事業計画を認可してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の申立に対する答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。〈以下、事実省略〉

理由

一本案前の抗弁第1項及び第3項(本件訴の適否)について。

被告は本件訴を不適法としてその却下を求めるが、その趣旨は、被告に対し、被告が行政行為(事業計画の認可処分)の第一次判断権を行使する前において、当該行政行為の差止めを求める本件訴は、裁判所をして被告に対する行政監督権を行使することを求めるに等しく、憲法の採用する三権分立の基本的建前に抵触し許されない、というにある。

そこで検討するに、現行憲法において裁判所(司法権)が行政事件に関する裁判権を有するに至つたけれども、このことは裁判所が一定の行政行為をすること、又はしないことを命じて行政権に対する一般的監督権を有するに至つたとか、一定の行政行為をして自ら行政権を行使する機関となつたことを意味するのではなく、三権分立の原則に照らし、行政権を発動するかしないかは、行政権を委ねられた行政庁においてまず、決定すべき事柄であつて、裁判所の行政事件に対する裁判権は、原則として、行政庁のかかる決定の後において、その決定が適法かどうかを判定する事後審査の限度にとどまるべきであると解すべきである。行政事件訴訟法三条の規定が原則として行政庁の第一次判断権が行使された後にそれが違法であるかどうかを再審査する旨定められているのもこの趣旨によるものである。

もつとも右法条も国民の権利、利益を行政権の違法な侵害から守るために必要不可欠である限り、必ずしも同法条に定める(法定)抗告訴訟形式のほかの訴訟形式を全く否定していないと解する余地があり、過去に同種行政行為がなされ、将来もこれを継続することが明らかでこれにつき改めて行政庁の判断を経由するまでもなく、その第一次判断権がすでに行使されたに等しい状況にある場合とか、行政庁が一定の行為をなすべきことが法律上覊束されていて、国民より求められている行政行為をなすべきかどうかについて行政庁の第一次判断を重視する必要がない程度に明白である場合において、当該行政行為を事前に司法審査しなければ国民の権利救済が得られず回復し難い損害が生ずるというような緊急の必要性があると認められる場合は行政庁に対し、行政行為についての作為又は不作為を求める訴訟ないし行政行為をなすべき義務又になすべからざる義務の確認を求める訴訟も許されると解すべきである。

二そこで、本件について、原告らに緊急の必要性があるか否かについて検討する。

原告らは、新潟空港の着陸帯Bの幅及び滑走路Bの長さが航空法(以下法と称す)及び同法施行規則(以下規則と称す)の規定する安全基準に達していないので、同空港に着陸する航空機の安全な航行が一〇〇%保障されておらず、ひいては同空港周辺に居住する原告らの生命、身体、財産に差し迫つた危険を与えていると主張する。

1  〈証拠〉によれば、原告大橋は新潟空港の着陸帯Bの南西隅(別紙略図の(ロ)点)から西南西へ約三六〇メートル先に、原告村山は同空港の着陸帯Bの南東隅から東方へ約一、三六〇メートル先にそれぞれ居住する同空港周辺の住民であつて、原告大橋は同空港の転移表面の、原告村山は同空港の進入表面の投影面に含まれる地域にそれぞれ居住しているので、法四九条により一定の高さ以上の物件の設置を制限されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  次の事実は当事者間に争いがない。

(一)  被告は空港整備法に基づき、新潟市松浜町下山(標点位置北緯三七度五七分七秒、東経一三九度七分九秒、標高〇、八一メートル)に新潟空港を設置しこれを管理している。

(二)  被告は法五五条の二第二項、四六条に基づき、昭和四七年九月二五日運輸省告示(以下単に告示という)第三六一号をもつて新潟空港の着陸帯Bの長さを二、〇二〇メートル、等級をC級、滑走路の長さを一、九〇〇メートルに変更して、同年一〇月一日から供用することを告示した。

被告はまた法九九条に基づき、同年五月二〇日付ノータム第四三、第四四号により、同年六月一五日から、新潟空港にILBの運用開始を行うとの航空情報を提供した。

(三)  被告が昭和四八年五月三一日訴外日本航空株式会社に対して法一〇一条二項に基づき、新潟―ハバロフスク間、運航開始予定期日同年六月一五日、使用機型式ボーイング七二七―一〇〇とする路線免許を、同年五月三一日法一〇九条に基づき、訴外全日本空輸株式会社に対して、休止中の新潟―札幌間を同年六月一五日から毎日一往復便、ボーイング七二七―一〇〇型およびYS―一一機を使用して運航する旨の、同年五月三一日法一〇九条に基づき、訴外東亜国内航空株式会社に対して、東京―新潟間に運航している航空機の機種を同年六月一五日からボーイング七二七―一〇〇型とする旨の各事業計画の認可を、同年六月七日訴外アエロフロートに対して法一二九条の三第二項に基づき、東京―ハバロフスク間のイリユウシン六二型による週一往復便の運航を、新潟―ハバロフスク間ツボレフ一五四型に変更する旨の事業計画変更の認可をそれぞれ与えた。

三そこで新潟空港に離着陸する航空機の航行の危険性、ひいては原告らの主張する生命、身体等に対する差し迫つた危険性について、原告らが指摘する着陸帯Bの幅の不足の点から検討する。

1  規則七九条三号において計器用C級の着陸帯の幅は特別の理由のある場合を除き三〇〇メートル以上と定められているところ、新潟空港の着陸帯Bの幅は計器用C級であるにもかかわらず一五〇メートルしかないことは当事者間において争いがない。

2  ところで航空機の航行の安全は、ひとたび航空機事故が発生すれば大惨事につながる危険性が非常に高いことは、自明のことであり、従つて法及び規則で定める飛行場の各施設の設置基準は国際機構並びに国が航空機の離着陸の安全のため最低限度必要と考えて定めた基準であると解するのが相当であるので、その例外は厳しく考えるべきである。従つて規則七九条三号に規定する「特別の理由」とは、同号が着陸帯等の設置基準を定めた目的からみてそれらの施設がその基準に適合しないにもかかわらずこれを補う事情が存在し、航空機の航行の安全になんらの支障を生じないことが明らかな場合をいうものと解すべきである。

因みに法及び規則が準拠している国際民間航空条約第一四付属書「飛行場」には、着陸帯の幅は「精密進入滑走路を含む着陸帯は、でき得るならば着陸帯全長にわたり、滑走路又はストツプウエイの中心線の両側に少くとも一五〇メートル(五〇〇フイート)の距離まで拡げなければならない。」とあり、勧告事項として「視程の悪い状態、または雲高の低い場合に供用する計器進入滑走路を含む着陸帯はその着陸帯全長にわたり、滑走路又はストツプウエイの中心線の両側に少くとも一五〇メートル(五〇〇フイート)の距離まで拡げるべきである。」、「計器滑走路以外の滑走路(等級付号がCの場合)は、その着陸帯全長にわたり、滑走路又はストツプウエイの中心線の両側に少くとも七五メートル(二五〇フイート)まで拡げるべきである。」と規定されていることが〈証拠〉により認められるところ前記解釈が右条約の趣旨に反するものでないことは明らかである。

3  着陸帯とは、特定の方向に向つて行う航空機の離陸又は着陸の用に供するため設けられる飛行場内の矩形部分(法二条五号、別紙略図のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ矩形部分が新潟空港の着陸帯Bである。)であるが、その設置目的は、証人山形忠武の証言によれば、航行機が着陸に失敗して復行したり、滑走路を逸脱した場合にその安全を確保すること及び着陸用無線施設の電波の確保のために設けられているもので、着陸帯の幅が非計器用(新潟空港の着陸帯Bの場合は一五〇メートル)に比して計器用において広くとることにしている主な理由の一つに着陸用無線施設の電波障害をなくするという点にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  〈証拠〉によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

一般に計器用着陸施設を有する滑走路に計器進入着陸を許容する場合には、「計器飛行による進入方式・出発方式及び最低気象条件の設定基準」(昭和四六年三月一二日制定空航第一〇五号(内規))により、飛行場標高に二〇〇フイートを加えた高度まで計器誘導がなされているが、新潟空港における計器進入は二五三フイートまでしか計器進入することができず、その後は有視界飛行による着陸を行うこととされている。そして、新潟空港に設置してあるILSは降下角度が三度になつていることより、右の五三フイートの高度差をもつて、新潟空港に着陸する航空機の場合は約三〇〇メートルの距離が長くなりこの間四〜五秒かかつて降下することになるが、一方パイロツトが物件を発見し、操作を完了するまでに要する時間は約三秒であるので、この差が新潟空港に着陸する航空機が、計器誘導により二五三フイートまで降下し、気象条件等の悪化等でそれでも滑走路が視認できない場合においても余裕をもつて進入復行の措置を講じ得ることになつている。右措置は、計器進入による場合に要求される着陸帯Bの幅の不足を進入限界高度を高めることによつて計器飛進入方式そのものを制限して航空機の航行の安全を図ろうとしたものと解される。

5  〈証拠〉によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  現在使用に供されている幅一五〇メートルの着陸帯Bは別紙略図の青線で囲んだ矩形部分(イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ矩形)であるが、この着陸帯Bを計器飛行用に供する時必要とされる幅三〇〇メートルに拡げてみると、その範囲は別紙略図の赤線で囲んだ矩形部分((イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を順次直線で結んだ矩形)にあたる場所になる。(以下場所を特定するため、別紙略図のとおり、B滑走路ランウエイ10の末端を零メートル、B滑走路ランウエイ28の末端を一、九〇〇メートルとし、一〇〇メートル毎に説明の便宜上B滑走路ランウエイ10からの距離を記入し、以下単に何メートル地点と略する。)

(二)  着陸帯Bの幅を三〇〇メートルに拡げた場合の拡張部分(別紙略図の(イ)、イ、ニ、(ニ)、(イ)の各地点を順次直線で結んだ矩形、以下北側部分という。及び別紙略図のロ、(ロ)、(ハ)、ハ、ロを順次直線で結んだ矩形、以下南側部分という。)のうち、三〇〇メートルから一九六〇メートルの拡張部分については、その南側部分は全面平坦地、北側部分は若干凹凸はあるが全面ほぼ平坦地が確保され、現行着陸帯Bとほぼ同一平面を保つている。

(三)  南側拡張部分のうち、二五〇メートル地点から以西は、現行着陸帯Bより低地となつていて、別紙略図のの地点で三〇〜四〇センチメートル、の地点で1.10メートル、の地点で二メートル、の地点で2.6メートルの高低差がある(着陸帯は平坦でなければならないことは規則七九条三号参照)。そして右低地部分には、別紙略図のとおりのがれきが積まれてあつたり、葺池や沼があつて池や沼の周辺は葺が茂つている。また別紙略図のとおり民有地が一部南側拡張部分に喰い込んでおり、そこに建物や小屋がある。

(四)  北側拡張部分のうち、二〇〇メートル以西は別紙略図のとおり相当部分が海面上にあり、陸地部分にはコンクリート土留があつての地点において着陸帯Bより一メートル低くなつている。また二〇〇メートルから三〇〇メートルの地点にかけて別紙略図のとおり砂丘があつて着陸帯Bの平面より一メートル位高くなつている。

(五)  〈証拠〉によれば、計器用着陸装置(ILS)は、別紙略図のとおり、ローカライザーについては北側拡張部分三〇〇メートルの地点から四〇〇メートルの地点にかけて(L、L、Zと記載のある地点)、グライドパスは同部分一五〇〇メートル地点附近(G、Pと記載のある地点)にそれぞれ設置されていること、新潟空港において計器着陸に供されるのは滑走路Bのランウエイ28の方向からだけであるので、右位置にある計器用着陸装置の電波の発する方向は東方であるが、その方向における着陸帯Bの拡張部分はほぼ平坦地が確保されていること、計器用着陸装置については二か月に一度の割合で定期検査を受けているが、新潟空港においてこれまで電波の障害が出た報告はないこと、また着陸帯Bの北側拡張部分は一部海に、南側拡張部分は一部低地になつているが、そのことによつて右電波への障害は考えられないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

6  右5(一)ないし(五)の認定事実によれば、新潟空港の着陸帯Bはその北西隅において金面積に比すれば僅かな三角状の地域が海面部分となつているものの、その部分を除けばその幅は三〇〇メートルの地域をほぼ確保しており、しかもその全域は全体的にみればおおよそ平坦な地域(上記地域は拡張部分の中でほぼ九割に近い地域を占めている。)であるから、万一の場合には三〇〇メートル幅の着陸帯としての不足部分を相当程度に補う効用を持つていると解することができる。また計器用着陸帯が非計器用に比べて広くとられなければならない主な理由が着陸用無線施設の電波障害をなくする点にあるが、前記(五)で認定したとおり着陸帯Bはその目的を達していると解される。さらに着陸帯設置目的の一つである進入復行の安全の確保についても右一部低地部分や海面部分があつても特にその妨げになるとは考えられない。

7  〈証拠〉によると、着陸帯設置目的の一つである航空機の滑走路を逸脱した場合の安全の確保について、過去のデータによれば幅七五メートルの着陸帯を超える滑走路の逸脱はなかつたこと、現実に新潟空港に離着陸するパイロツトもその離着陸に際してなんらの危険を感じていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

8 右4ないし7の事情に照らせば、新潟空港の着陸帯BはC級計器用着陸帯としての幅が規則七九条三号の基準に適合しないにもかかわらず、客観的見地からこれを補う事情(4、5)が存在し、航空機の航行の安全になんら支障を生じないことが明らかであると解せられる。

よつて、新潟空港において計器用着陸ができることを条件とする事業計画認可処分に違法な点は認められず、従つてこの点について原告らの生命、身体等に対する差し迫つた危険性も考えることはできない。

9  もつとも〈証拠〉によれば、被告は法五五条の二、二項、第四〇条に基づき、昭和四六年一〇月九日告示第三五九号をもつて、第一期工事として着陸帯Bを長さ一、六二〇メートル、幅一五〇メートルに変更し、供用開始の予定期日を昭和四七年四月一日にする旨、第二期工事として着陸帯Bを長さ二、〇二〇メートル、幅一五〇メートルに変更し、供用開始の予定期日を昭和四七年一〇月一日とする旨、第三期工事として着陸帯Bを長さ二、一二〇メートル、幅三〇〇メートルに変更し、供用開始の予定期日を昭和四八年六月一日とする旨を明らかにしたことが認められる。ところが右工事は第二期工事までしか予定どおり進まず、第三期工事はいまだ完成していないことは当事者間に争いがない。第三期工事により長さ二、一二〇メートル、幅三〇〇メートルの着陸帯Bが完成するはずであつた昭和四八年六月からは新潟―ハバロフスク局地間国際定期路線及び国内定期路線にいずれもジエツト旅客機が一斉に就航を開始したのである。そこで原告ら新潟空港周辺住民が、被告は新潟空港にジエツト旅客機を就航させるについて、着陸帯Bを長さ二、一二〇メートル、幅三〇〇メートルにする必要を自認していたのに、いわばその工事を手抜きし航空機の航行の安全ひいては同空港周辺住民の生命等の安全性を無視して、日ソ航空協定に基づく局地間航路の一地点として同空港を使用させる必要等を優先させたと考え、被告に対し強い不信感を抱くにいたつたことも窺えるところである。着陸帯Bの幅の不足の点に違法なところがないことは前記認定のとおりであるが、被告が自ら右第三期工事を告示し、その完成予定日を大幅に経過している以上(被告の設置しない飛行場ならば正当な理由がない場合には法第四八条一号により工事の許可取消の対象になる。)、何らかの処置が必要であると考えられる。

四次に新潟空港に離着陸する航空機の航行の危険性、ひいては原告らの主張する生命、身体等に対する差し迫つた危険性について、原告らが指摘する滑走路長の不足の点について検討する。

1  新潟空港滑走路Bは運輸省告示第三六一号により昭和四七年一〇月一日から長さ一、九〇〇メートルとして供用開始されていることは当事者間において争いがない。

2  〈証拠〉によれば、新潟空港に現在発着している航空機のうち、ボーイング式七二七―一〇〇型の最大離陸滑走路長は一、九七〇メートル、最大着陸滑走路長は一、四八〇メートル、同式七二七―二〇〇型のそれは二、一三〇メートルと一、四六〇メートル、ツボレフTu―一五四のそれは二、一〇〇メートルと二、〇六〇メートルであること、ここで最大離陸滑走路というのは、その航空機が構造強度上耐えられる最も重い重量(構造限界重量)で、しかも大気温度が摂氏三〇度(以下摂氏は略)の条件の悪いとき、しかも一発動機が不作動になつて全部の発動機が動いていない馬力が低下した状態で、発進を開始してから三五フイート(10.5メートル)の高さまで上昇するまでの水平距離を言い、最大着陸滑走路長は、その航空機の構造限界重量で右大気温度のとき、滑走路の端で五〇フイート(一五メートル)の高さから着陸して着陸滑走停止までの距離に更に1.67倍したものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  そこで一、九〇〇メートルしかないB滑走路に最大離着陸滑走路が一、九〇〇メートルを超える航空機を離着陸させることの違法性(安全性)について検討する。

(一)  現行法令上、例えば滑走路長一、九〇〇メートルの飛行場に航空機の性能上最大離着陸滑走路長一、九〇〇メートルを超える航空機の離着陸を禁止する法令は存在しないので、右航空機の離着陸が全く許されないと解することができない。

(二)(1)  〈証拠〉によれば、新潟空港の施設の具体的諸条件――B滑走路長が一、九〇〇メートルであることは、国際民間航空条約に基づく条約第一五付属書記載の航空路誌を発表することにより公表され、その状況の変更は法九九条による情報の提供として公表されているので、同滑走路に離着陸する航空機の航空従事者はそれに見合つた航法をとることができると認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  日本国籍を有する航空機(施行令一条で定める航空機も含む、以下同じ)は、法一〇条により耐空証明制度及び運用限界等指定書の制度が設けられている。右の制度は、航空機があらゆる用途(曲技、実用、輸送等)、速度、重量等について耐空性があることを証明することは不可能であるため、耐空証明書及び運用限界指定書により航空機の用途、運用限界を指定して行うものとされている。そこで当該航空機は、その耐空証明書及び運用限界指定書に従つて、B滑走路長一、九〇〇メートルに適合した航行をすることができると解される。

(3)  〈証拠〉によれば次の事実が認められ、左記認定に反する証拠はない。

航空機の離着陸性能は大気状態(気温、風向、風速等)路面の状態、飛行場の標高等によつて大きな影響を受けるので、同一飛行場(同一滑走路長)であつても同じ重量で離着陸できるとは限らない。従つて使用する飛行場の滑走路長、標高、大気状態、路面の状態等の諸条件により算出される性能上の限界による離着陸重量(許容最大離着陸重量)以下の重量で離着陸を行うことは安全上特に支障もない。右許容最大離着陸重量は航空局の認可を得た飛行機運用規程によりその細則が詳細に定められている。例えば、新潟空港に離着陸するボーイング式七二七―二〇〇型の許容最大離着陸重量は、大気温度三〇度、無風状態の場合は一五万五、〇〇〇ポンド、大気温度一〇度、向い風一〇ノツトの場合は一六万四、〇〇〇ポンドとなつている。因みに右型式の航空機の構造限界重量は一七万二、〇〇〇ポンド、新潟―札幌間の満席状態の重量(最大有償塔載重量)は一五万四、二〇〇ポンド、新潟―小松間のそれは一五万〇、二〇〇ポンドであるから、気象条件の悪い場合最大有償塔載量を制限しなければならない場合もでてくる(例えば、前記航空機の新潟―札幌線の場合無風状態ならば大気温度三一度以上の時向い風一〇ノツトならば大気温度三四度以上の時の如くである。なお冬期間新潟空港のB滑走路の路面が凍結することもあるので前記航空機に代えてボーイング式七三七型が使用される。)。その場合、航空機の機長は法七三条の二、規則一六四条の一六の規定により出発前に重量等を確認するように義務づけられており、許容最大離着陸重量を超えた塔載重量で飛行開始をすることができないものとされ、しかも定期航空会社に対しては運航管理者制度を設けさせ、国家試験による技能検定を受けた運航管理者の承認を受けなければ航空機を出発させてはならないものとされている(法七七条、七八条)ことによつて担保されている(罰則につきいずれも法一五三条)。なお最大有償塔載量になつても構造限界重量(最大離陸重量)に及ばないのは法六三条、規則一五三条に定める燃料の量を塔載すれば足りるので、比較的飛行距離が短かい場合は燃料重量が少なくてよく、最大有償塔載量を積んでも構造限界重量より少なくなるものである。

4  以上のとおり、最大離着陸滑走路長一、九〇〇メートルを超える航空機を新潟空港に離着陸させることを違法視する法規も存在せず、右(二)(1)ないし(3)で認定した諸施策が法の規定に基づき、あるいは事実上の要請から講じられて右航空機の航行の安全を図つているので、日本国籍を有する航空機については、性能上最大離着陸滑走路長一、九〇〇メートルを超える航空機をB滑走路に離着陸させても、これを違法視すべき事実は認められず、従つて原告らの生命、身体等に対し差し迫つた危険があるとは考えられない。

5  なお〈証拠〉によれば、ボーイング式七二七―二〇〇型は二、〇〇〇ないし二、五〇〇メートルの滑走路が必要である旨の記載があるので付言する。〈証拠〉によれば、ボーイング式七二七―二〇〇型にも厳密に言えば発動機の名称が(P&W.JT8D―15)と呼ばれるものと(P&W.TT8D―9又は―7)と呼ばれるものの二種類あり、前者の最大離陸滑走路長は二、六五〇メートル、最大着陸滑走路長は一、五八〇メートルで、後者のそれは二、一三〇メートルと一、四六〇メートルであるが、新潟空港に離着陸しているものは後者の航空機であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

してみると、甲第一〇号証の一、二の右記載、特に二、五〇〇メートルの滑走路が必要であるとの記載部分は前者の航空機を念頭におかれているものであり、後者の航空機についてもその最大離着陸滑走路長に近い滑走路の長さが望ましいことは言うまでもないが、これまで述べてきたとおり、これを一、九〇〇メートルの滑走路に離着陸させるにつき特に違法視すべき点はない。

6  外国国籍を有する航空機の航行の安全については、被告は耐空証明及び重量制限等の諸施策をとつていない(航空法上その法的根拠規定もない。)ので検討する。

〈証拠〉によれば、新潟空港にはソヴイエト社会主義共和国連邦(以下ソヴイエトという)からアエロフロート社のツボレフTu一五四型の航空機が定期便で、また大韓民国(以下韓国という)から大韓航空のボーイング式七二七―一〇〇型の航空機が不定期便でそれぞれ離着陸しているが、右航空機の航行の安全についてはソヴイエト又は韓国がそれぞれ自国国籍の航行の安全に責任を持つて運航していること、これまで右航空機が新潟空航の一、九〇〇メートルのB滑走路を超えて事故を起した例もないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠もない。

ところでソヴイエト、韓国とも国際民間航空条約に加入しているので、日本国が同条約に準拠して航空法等を制定し自国国籍の航空機の航行の安全を図つているのと同様に、同条約に従つて航空機の安全航行の諸方策がとられているものと推定され、右認定の実績に照らしても外国国籍の航行機の航行を違法視すべき事実も認められず、従つて原告らの生命、身体等に緊急差し迫つた危険を生じていると解することもできない。

なお外国国籍の航空機の航行の安全が確保されず、ひいては日本国民に差し迫つた重大な危険が生じたときは、被告は法第一二九条の五により当該外国の航空事業会社の国際航空運送事業の停止又は許可の取消処分をすることができる(航空業務に関する日本国政府とソヴイエト政府との間の協定六条二項、航空業務に関する日本国政府と韓国政府との間の協定六条二項等参照)。

五次に原告らの騒音被害について検討するに、弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、左記認定に反する証拠はない。

新潟県並びに新潟市が実施した「新潟空港周辺の航空機騒音測定結果」として、昭和四八年七月発表された資料中の表6―Ⅰ「新潟空港周辺の航空機騒音測定結果(慣熟飛行騒音)」によれば、着陸の場合の騒音は測定地点12の船江町一丁目(原告大橋の居住地)で八九dB(A)、六九WECPNL(N=5)であるほか次のとおりである。

場所   dB(A)WECPNL(N=5)

松浜町七丁目  一〇〇   八〇

太平町      六六   七〇

船江町二丁目   九一   七一

平和町      七六   五六

物見山      六一   四一

(なお電波障害についての具体的立証行為はない。)

しかしながら、右認定事実のみをもつて、定期航空運送事業者に対する一定の事業認可処分を事前に差止めなければならないほどに原告らの生命、身体等に緊急差し迫つた危険が生じているとはとうてい認め難いものである。

六以上のとおり、原告らの本訴請求は、原告らに緊急の必要性が認められないので不適法な訴として却下することとし、訴訟費用は民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山中紀行 馬渕勉 大浜恵弘)

別紙略図〈省略〉

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